「宇治難病患者連絡会(宇治なんれん)」は、京都山城北部地域を活動拠点にして頑張っています。たくましく難病とともに生きる日々の出来事やお知らせなどを発信します。






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Author:宇治なんれん
特定疾患(56疾患)を中心にした難病患者とその家族で運営しています



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会報「宇治なんれん38号」完成
いよいよ宇治なんれんの会報38号の印刷日です。
朝10時に集まって、作業を開始。
印刷機は、快調な音を立てて刷り上げていきます。
ん~、これならきれい! 大丈夫。
折り機は新しいほうは何故か不調だったけれど、
古い機械は絶好調で、印刷のほうが間に合わないほど早かったのです。
午前中には、すべて刷り上り、
午後からは袋詰めの作業。
印刷の出来は、上々!
満足いく仕上がりになりました。
夕方には無事、郵送手続きも完了しました。
皆様の手元には、予定通り28日にお届けできるはずです。
待っていてくださいね。

P1000287_convert_20110226181221.jpg

お昼の合間には、記事にも書いた「しょうが紅茶」を
みんなで試飲しました。
紅茶におろし生姜とハチミツを入れたのですが、
「ハチミツは多いめのほうが生姜の風味が生きるような気がする」
というのが、みんなの感想でした。




準備完了
会報38号の表紙の両面印刷(全部の分)、印刷原稿、
返信用葉書、会費の振込用紙、封筒のシール貼り
など家で出来る印刷に向けての準備は、今日で一応完了です。

あとは、26日の印刷を待つばかり…
お手伝いよろしくお願いします。

のどの調子が怪しくなってきたみたい。
熱は無いし、うがいをしっかりして
印刷に備えます。




宇治なんれんの歴史2
宇治なんれんにいただいた支援
当時の会にとって、当時「宇治保健所(現京都府山城北保健所)」の
広瀬婦長を始めとした難病担当の保健師さんたちの協力が、
宇治難病患者連絡会の名前を
特定疾患受給者に周知されて
多くの会員さんを迎える大きな力となりました。
また難病相談会を共催でさせて頂き、
宇治なんれん主催の相談会では問診など
多くの協力を頂き、本当にお世話になりました。

医療費以外にも病気に伴う出費がかさむ生活を強いられる難病患者にとって、
会費は極力少なくという思いから、
宇治なんれんの会費は「年額1200円(月額100円)」としました。
この額は今も変わっていません。
そんな厳しい財政状況の中で
「宇治市社会福祉協議会」のお力添えも会の運営に力をいただきました。
助成金を申請して医療講演会や交流会の開催、
「歳末助け合いの配分金」にも大いに助かっています。
毎月の定例会や、交流会の会場として使わせて頂き、
会報発行のための印刷機の使用など、
本当に助かっています。

こうして宇治なんれんは、まわりの皆様の後押しを力に歩み始めました。
(つづく)





宇治なんれんの歴史1
しばらく宇治なんれんの歴史について、お話します。

宇治なんれん設立の動機と経過
宇治難病患者連絡会が設立したのは、平成10年3月22日のことです。
当時の背景として、
①さまざまな面で権限が地方自治体に移行されるようになり、
 都道府県単位での患者団体では対応できない市町村単位での問題に
 働きかける必要が生じたこと
②全国的に「難病患者等居宅介護支援事業」が始まり、
 宇治市でも早く事業化して欲しかったこと
③当時宇治市が策案中だった「障害者福祉基本計画」に
 難病者も加えて欲しかったこと
④当時すでに他の都道府県では市町村単位の難病連が存在しましたが、
 京都府下には存在しなかったこと
⑤病気は異なっても同じ地域に住む難病患者ということでひとつにまとまり、
 地域の問題を解決していきたいと考えたこと
⑥外出しにくい患者・家族でも地元であれば集いやすく、
 交流が容易であること
⑦京都難病連からの暖かい応援、バックアップがもらえたこと
などの理由がありました。

初代事務局長は、宇治市に転居前に
「滋賀難病患者連絡会」「膠原病友の会滋賀支部」を立ち上げた経験もあった方ですが、
しかしその方でも、
難病であっても活動できる方、
役員を引き受けて頂ける方を見つけるのは大変な苦労がありました。
限られた地域だけに、患者数も限られ、
また難病連という名前にも馴染みがなく、
その組織を理解して頂くのも大変な苦労があったことは簡単に想像できます。
当時の京都難病連の会長だった酒井氏に、
宇治なんれんの会長兼務を快く引き受けて頂きました。

こうして大変な中、わずか3~4ヶ月の準備期間で体制を整えて
宇治難病患者連絡会は設立にこぎつけました。
総会当日は、関係者や京都難病連からの応援の人たちも含めて、
参加者は35名でした。
ご多忙にもかかわらず当時「京都府立医科大学付属病院長」であり、
「第一内科教授」であった近藤元治先生に記念講演をして頂きました。
(つづく)






封筒準備も完了
今朝は本当に冷え込みましたね。

毎朝7時から仕事に入るのですが、
前日降った雪や雨のせいか、
珍しく霜柱が出来ていました。
思えば、霜柱なんて記憶に無い。

子どもの頃は、左京区の修学院学区に住んでいたので、
当たり前の光景だったけれど…
ここ宇治では、雪が降っていても殆んど積もりませんが、
そんな時にはあたり一面真っ白。
一度は30センチぐらい積もって
雪をかき集めてかまくらを作ったこともありました。
体感気温も数度違っていたと思います。
冬になると出来ていたしもやけも
宇治に越してきてからはまったく出来なくなりました。

ちなみにチュ-トリアルの二人は、
小学校・中学校の後輩です。

今日は午後から、
会報38号発送用の封筒の印刷に
宇治市総合福祉会館まで行ってきました。
あとは、宛名シールを作って
原稿の最終チェックをして
印刷の原版作り。
頑張ります!